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『CONNECT+』Vol.23:特別インタビュー【株式会社自遊人】
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掲載日:2026年10月16日
匂いをメディアに、物語を価値に。
世界がざわつく山奥の宿
新潟県南魚沼市の山あいに、開業から10年以上たった今も、全国の宿づくりや古民家再生事業に影響を与え続ける一軒がある。2014年に開業した『里山十帖』だ。
築150年ほどの古民家を再生した宿は、開業年に『グッドデザイン賞 BEST100』と『ものづくりデザイン賞』を受賞。2009年には『情熱大陸』でその活動が取り上げられ、その後も『Singapore Good Design Award』、『日本ツーリズムアワード』、食の側面でも『ミシュランガイド新潟2020』の一つ星、フランス発の本格レストランガイド『ゴ・エ・ミヨ(Gault&Millau)』に掲載されるなど、国内外で評価を重ねてきた。
手がけたのは、雑誌『自遊人』を創刊した編集者で代表取締役の岩佐十良氏。岩佐代表がつくったのは、ただの宿泊施設ではない。見る、嗅ぐ、聞く、触れる、食べる、そして眠る――滞在中のあらゆる感覚を通じて、その土地の自然や食、暮らし、文化を伝える“リアルメディア”だった。
なぜ、「何もない」と言われる山奥に、これほど人が集まり続けるのか。そこから見えてくるのは、地域に眠る価値を見つけ、体験として編集し、人へ届けるという、地方における新しい価値発信の形だった。

山奥に佇む里山十帖の外観
一粒の米が、語るもの
里山十帖は、南魚沼に根づく自然や食文化、暮らしの知恵を現代の感覚で再編集し、宿泊そのものを“地域を知る体験”に変えた宿だ。ローカル・ガストロノミーにも、その思想が色濃く表れている。
ただ、この発想は宿づくりから始まったわけではない。その原点をたどると、岩佐代表が編集者として向き合ってきた「食」、そして“一粒の米”に行き着く。
雑誌『自遊人』で農業や食を数多く取り上げるなか、岩佐代表には「自分は米づくりを本当に知っているのか」という疑問が生まれた。そこで2004年、南魚沼へ移住。自ら現場に入り、米づくりと向き合った。
岩佐代表にとって、米は食べ物である前に「情報を運ぶメディア」だった。一粒の米の背景には、土、水、気候、生産者の技術がある。なぜ今年はおいしいのか。なぜ高温障害が起きたのか。ところが米を単なる商品として売れば、そうした背景は切り落とされてしまう。
岩佐代表が考える“メディア”とは、新聞やテレビ、Webの話ではない。目に見えない背景や思いを、人から人へ運ぶものだ。ならば米も、料理も、建築も、宿も“メディア”になり得る。
価格競争に巻き込まれやすい地域産品も、背景まで含めて価値を伝えれば意味が変わる。「伝える人」であり続けるために、自ら「つくる人」になる。編集者としての姿勢が、そのままこの“リアルメディア”の原点になっている。

値段、味の背景にある物語を伝える
地方の「値付け」を変える
「地方だから、安くなければ売れない」。里山十帖は、その思い込みにも挑んだ。
東日本大震災翌年の2012年、閉館予定だった宿を取得。数億円規模を投じて改修する計画を立てると、事業を成立させるには一人3万5,000〜4万円ほどの宿泊単価が必要になった。金融機関からは「その価格では客は来ない」と見られたという。
それでも価格を下げなかった。先に「事業を続けるために必要な価格」を決め、今度は、その金額を払ってでも泊まりたいと思える価値をつくる。発想の順番を逆転させたのだ。
現在は、人件費や光熱費、原材料費、採用コストも上昇し、平均単価は約6万円にまで上がっている。岩佐氏自身、高い価格だと認識しているという。だからこそ考えるのは、「6万円にするには、何をしなければならないか」だ。
物価高の時代、企業に求められるのは、単にコスト上昇分を価格へ転嫁することではない。その価格を納得させるだけの価値を、どこまでつくり込めるかだ。里山十帖が示したのは、地方の価格は立地や知名度だけで決まるものではないということ。土地の価値を見つけ、磨き、伝えることで、価格そのものをつくることができる。 その実践は、地域における値付けの常識を大きく揺さぶった。

価格を超える価値づくり
顧客も“メディア”に変える
「満足した」と「誰かに話したい」は、同じではない。岩佐代表はこの二つを明確に分ける。
広い部屋、豪華な食材、丁寧な接客は満足度を高める。しかし、それだけでは人に話したくなる体験にはならない。
例えば里山十帖では、ご飯を土鍋で炊く。おいしさだけでなく、炊き上がる時間そのものが体験になる。露天風呂も、単に景色がいいのではなく、湯につかったときに山がどう見えるかまで考えて設計されている。
社内研修もホテル業の一般的な研修とは異なり、「どうすれば伝わるのか」を話し合う編集会議に近い。決められたサービスを再現するのではなく、スタッフ自身が伝え方を考える。
商品やサービスを提供して終わるのではない。客が帰った後、思わず誰かに話したくなるほどの感動体験をつくる。顧客自身をも“メディア”に変えてしまうほどの体験設計こそが、これからのブランドをつくる。

露天風呂から見える巻機山(まきはたやま)の景色
未来を読む力
経営者なら誰もが欲しい「未来を読む力」。岩佐代表の場合、それは特別な予知能力のようなものではない。未来につながるかもしれない、小さな兆しを見逃さないことだ。そこには、長年“編集者”として社会の変化を追い続けてきた岩佐代表ならではの視点がある。
一見関係のない場所にも足を運び、自分の目で見て、実際に試してみる。そして、目の前の小さな変化が一時的な流行なのか、それとも大きな社会変化の入口なのかを考える。ばらばらに見える情報を集め、その背景を読み解き、次に起こることを組み立てていく。まさに編集者として培ってきた習慣だ。
その視点は里山十帖だけにとどまらない。企業の保養所を“本との出会い”をテーマにした「箱根本箱」へ。浅間温泉では老舗旅館の再生を街全体のエリアリノベーション「松本十帖」へと発展させるなど、徹底した現場観察により土地ごとの課題や兆しを捉え、その場所に必要な形へと編集している。
情報が簡単に手に入る時代だからこそ、経営者に求められるのは情報量の多さだけではない。編集者のように現場へ出て、自分の目で変化を捉え、そこにある意味を読み解くこと。その積み重ねが、新たな事業の兆しを見つける力になる。

編集者・岩佐氏が手がけてきた雑誌『自遊人』
文化が消えると、人も消える
岩佐代表がこれからの地方に感じている危機は、人口減少のさらに奥にある。「文化減少」だ。
仕事や所得、医療、教育はもちろん重要だ。しかし岩佐氏は、人を地域に引き寄せるものには「文化の香り」があると考える。東京や京都、ロンドン、ニューヨークに人が集まるのも、そこでしか触れられない文化があるからだという。
里山十帖が開業してから10年余り。古民家を再生し、地域の食や暮らし、文化を宿泊体験として価値に変える――かつては異例だったこうした地域活性化の手法は、今では各地に広がっている。里山十帖は、その流れを先駆けてつくり、地域に眠るものを「残す」だけでなく、事業として生かす可能性を示してきた。
だが岩佐代表が見据えるのは、そのさらに先だ。地方では今、祭りや地域行事、暮らしの知恵など、経済合理性だけでは守れない文化そのものが静かに失われつつある。「文化をどうやって残すかを真剣に考えないと」。これまでの宿泊や食、新たなメディアとしての挑戦を土台に、今後はこうした課題に「もう一歩踏み込んで、もうひと踏ん張りしたい」と語る。
文化を守るために事業をつくる。その先に、文化そのものをもう一度地域に根づかせる。 里山十帖がこの10年で示してきた地域再生の挑戦は、次のステージへ向かおうとしている。

左からトークネット中畑、株式会社自遊人岩佐代表、トークネット太田
インタビューの全編動画はYouTubeで公開中!
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