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『CONNECT+』Vol.22:地域企業の突破口
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掲載日:2026年8月28日
地域企業の突破口
~共創からはじまるInnovation~
「共創」は企業にどんな変革をもたらすのでしょうか。
地域企業が成長し続けるためには、異なる企業や産業の枠を越えて「共創」し、新しい価値を創出することが求められます。
「地域企業の突破口」では、東北の企業や自治体の先端共創事例を特集していきます。
CASE22 異文化が動かす次の100年
国境のないめっき工場
山形市の一角に、いくつもの言語が飛び交うめっき工場がある。
従業員の4割超が外国人。工場では日本人社員と外国人社員が肩を並べ、研究開発の現場でも、管理職の立場でも、外国出身の人材が会社の未来をつくる側に立っている。その異色の取り組みにより、「新・ダイバーシティ経営企業100選」や、経済産業省「第10回ものづくり日本大賞」優秀賞等、数々の賞を受賞。
創業112年。売上は一時、自社最低の11億円台まで落ち込んだが、そこから6年ほどで50億円規模へと回復。山形の老舗企業は、なぜここまで変わることができたのか。その突破口は、まさに外国人だった。ただし、それは単に「外国人を雇ったから」起きた変化ではない。
その歩みをたどると、地方企業が次の時代へ進むためのヒントが見えてくる。
▲研究開発を行う管理職のペトルスさん
老舗の勝ち筋が崩れた日
長く続いた会社ほど、過去の成功体験は強い武器にもなり、時に重い足かせにもなる。
スズキハイテック株式会社は、めっきによる自動車部品や半導体部品などの表面処理加工を手がけ、長く地域のものづくりを支えてきた。鈴木社長が会社に戻った2000年頃、スズキハイテックの主力は半導体関連のめっき加工だった。当時、周辺には大手電機メーカーの工場があり、図面通りにつくり、納期と品質を守れば仕事は入ってきた。いわば、待っていても仕事が来る時代だった。
しかし、2008年のリーマンショック以降、その前提は崩れていく。国内の半導体関連の仕事は海外へ移り、大手メーカーの再編や撤退も重なった。2006年頃に25億円弱まであった売上は、鈴木社長が就任した2015年には16億円へ。さらに2017年には11億円台まで落ち込む。
5代目として会社を継いだ鈴木社長にあったのは、「このままでは次の世代に渡せない」という危機感だった。「言われたものを、きちんとつくる」。それは間違いなく会社を支えてきた力だった。だが、仕事そのものが減っていく時代には、その力だけでは未来をつくれない。
そこで掲げたのが、受託・下請け型から、開発主導・開発提案型への転換だった。顧客から図面をもらう会社ではなく、自分たちがスペックをつくる会社になる。老舗の看板を守るために、老舗のやり方を変える。その矛盾するような決断が、スズキハイテックの変革の出発点になった。

▲めっきの製造ライン
マインドを輸入する
会社に足りなかったのは、人手ではなく、変化を起こすための“違う空気”だった。すなわち、挑戦を当たり前にするマインドである。
下請け型から開発主導型へ転換するには、設備や研究テーマを増やすだけでは足りない。必要だったのは、人の考え方そのものを変えることだった。長年、「言われたものを正確につくる」ことを強みとしてきた組織には、「自分たちはここまで」という固定型のマインドが染みついていた。
そこで鈴木社長が選んだのが、異なる価値観を持つ人材を組織に入れることだった。2015年、山形大学の外国人留学生を採用したことが、その第一歩となる。彼らは日本で最先端の技術を学び、自分の力を試したいという熱意を持っていた。「まずやってみる」「学べばできる」という成長意欲が、社内に新しい刺激をもたらした。
ただ採用するだけでは、その力は引き出せない。同社は、受け入れて終わりではなく、活躍してもらうためのサポートに力を注いだ。働きやすさ、生活しやすさ、人間関係まで支える。外国人としてではなく、一人の社員として向き合う姿勢があった。
▲外国人従業員も含めた社内交流会の様子
“まだない技術”を求めて
研究開発をするなら、“まだ世の中にないもの”をつくる。そこには、鈴木代表の明確な思想がある。しかしまだない技術に挑むには、発想だけでは足りない。必要なのは、挑戦するマインド、研究に時間をかける覚悟、投資を続ける体力、つまり土台作りである。
スズキハイテックが2015年に狙いを定めた電動車分野も、すぐに成果が出たわけではない。ハイブリッド車や電気自動車に向けた新しいめっき技術をつくるため、約3年をかけて研究開発を進め、2018年には設備投資へ踏み切った。生産場所を確保するため、一部事業から撤退する判断も重ねた。その土台づくりがあったからこそ、現在の売上を支える柱へと育っている。
その過程で力になったのが、やはり異なる視点だった。大学などで専門知識を磨いてきた外国人研究人材は、「なぜこのやり方なのか」「別の用途はないのか」と問い直す。日本人の熟練工が持つ経験や勘に、研究で培われた視点が重なり、めっき技術の可能性は広がっていった。
さらに同社は、半導体、医療機器、バイオミメティクスへも研究テーマを広げている。フナムシやモルフォチョウをヒントにした表面加工技術など、異色の挑戦もその一つだ。
新規事業は、一発当てて終わりではない。成果が見え始めた後も、次のテーマを探し、研究し、投資し続ける。その循環を組織に根づかせることこそ、まだない技術を生み続ける土台になる。

▲研究開発の様子
次の100年へ、何を渡すか
鈴木代表が見ているのは、売上の先にある景色だ。
父から受け継いだ会社を縮小して守るのではなく、次の世代にバトンを渡せる形へ作り替える。そのために、改めて社業であるめっきに向き合い、下請け型から開発主導型へと舵を切ってきた。
地方企業の成長とは、規模を追うことだけではない。技術を残す。雇用を残す。人材が育つ組織文化を残す。山形という土地で112年続いてきた会社を、次の100年につなげるための挑戦でもある。
突破口は、外国人材だった。
ただし、それは外国人材だけが会社を変えたという意味ではない。外から来た人を受け入れ、支え、任せ、ともに挑戦することで、日本人社員も、現場も、経営も変わっていったのだ。
人口減少が進む地方で、人材不足は避けられない課題である。しかし、その課題は組織を変える機会にもなる。スズキハイテックの歩みは、地域企業の未来が、これまでとは違う価値観を迎え入れる変革から始まることを示している。
▲左からスズキハイテック株式会社 鈴木代表、トークネット太田、トークネット中畑
インタビューの全編動画はYouTubeで公開中!
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