『CONNECT+』Vol.2:特別インタビュー

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掲載日:2024年3月25日

「社会性と事業性の両立に挑む」
~共創の力で都市と地方をかき混ぜる~

東日本大震災をきっかけに東北で生まれた企業が、2023年12月18日、東証グロース市場へ上場を果たした。NPOから創業した企業が、インパクトIPO(※注1)として上場を実現するのは日本で初めてのことだ。その企業は、岩手県花巻市に本社を置き、主に個人向け食品関連サービスを手がける「株式会社雨風太陽」。社会課題の解決と利益の両立を追求し、共創によりその実現に挑む代表取締役の高橋博之さんに、上場までの歩みや思いなどを伺った。

(※注1)インパクトIPOとは、企業が社会性と事業性を両立し、社会に与えるポジティブな影響、すなわちインパクトの測定とそのマネジメント(IMM)を適切に実施していることを示しながら、IPO(新規上場株式)を実現すること。(Forbes JAPAN 2023年11月30日記事より引用)
 

「震災時の出会いを日常の繋がりへ」

定期的に発行する情報誌「食べる通信」は、農家や漁師を特集した情報誌と食べ物をセットで届ける。食べ物の魅力はもちろんのこと、生産者の人柄やストーリーもあわせて伝える。2016年9月に提供を開始したプラットフォーム「ポケットマルシェ」は、全国約7900名(2023年9月時点)の農家や漁師が登録し、直接やりとりしながら旬の食べ物を購入できる。新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに食への関心が高まるなどしたため、ユーザー数は約13.5倍、注文数はピーク時に約20倍にも増加。約70万人の消費者が“生産者とつながる食”を楽しんでいる。

雨風太陽は「震災をきっかけに生まれた」のだと、高橋さんは語る。東北の農村・漁村は、震災前から過疎化や高齢化で衰退していた。そこに震災ボランティアとして訪れた都市の消費者が、生産現場の実態に心を痛め、食べ物の裏側にある生産者の哲学や生き様に触れて共感した。それまで交わることのなかった都市の消費者と地方の生産者が、被災地で出会って互いを知り、復興活動を共にする中で関係性が深まっていく様子を目の当たりにしたのだ。

被災地で起きたことを、日常で起こしたい。人の心を動かし行動へと向かわせるのは“危機感”か“楽しさ”だと考えた高橋さんは、消費者と生産者が繋がる“楽しい入口”をつくる道を選んだ。ポケットマルシェなどの入口は、初めは魅力的な食べ物を得るためだけにアクセスするだろう。しかし、お気に入りの生産者ができると、生産のプロセスにも触れるようになり、やがて消費者は積極的に関わるようになっていく。ポケットマルシェでは、口下手な生産者をフォローしようと、新規ユーザーからの問合せに対し、リピーターが自主的に回答しているケースもある。あるユーザーは新潟在住のマーケターで、ファンになった岩手の生産者をサポートしたいと自ら現地を訪れ、写真の撮り方や売り方のノウハウを教えた。

「バリューチェーンが間延びし、消費者から生産者が見えない状態だったところに震災が起きました。現在では、消費者と生産者が双方向に繋がるバリューサイクルに変わってきていると言えます」。

 

 

「都市と地方をかき混ぜる」

助けられているのは生産者ばかりではない。復興支援に訪れた都市の消費者は、東北の豊かな自然に触れ、被災者を手助けして感謝されることで、やりがいや生きている実感を得た。衰退していく地方と同様に、自然や人間との繋がりが希薄になり疲弊していく都市もまた、助けを求めていたのだ。本来、消費者と生産者、都市と地方は切っても切れないはずだが、実態として両者は分断されていた。高橋さんは両者と対話を重ねていく中で、「消費者と生産者の関係性を紡ぎ直すことで、双方が抱える課題を同時に解決できる」という確信を得ていった。

雨風太陽の前身となるNPOを立ち上げて活動を始め、2015年には株式会社化。起業にあたり周囲から、「都市と地方のどちらの課題を解決したいのか」を何度も問われた。二兎を追う者は一兎をも得ずという観点から、アドバイスをくれたのかもしれない。しかし、決して欲張っているわけではなかった。都市と地方はコインの表と裏のようなもので、どちらかが一方的に与えるような関係ではないと考えていたからだ。
目指すのは「都市と地方をかき混ぜる」こと。具体的には、移住した定住人口でもなく観光に来た交流人口でもない、地域と多様に関わる人々の“関係人口”の創出だ。関係人口は、都市には地方や自然との関わりを持つ豊かな生活をもたらし、地方には都市から多様な人がやってきて持続可能な田舎になることをもたらす。

雨風太陽では、親子向けの地方留学プログラムを運営している。地方滞在を楽しみながら、地域に根ざした生産者から農業・漁業を体験でき、食べることや生きることについて学べる機会を提供するプログラムだ。2023年夏には、約100家族の枠に倍以上の申し込みがあった。一歩ずつ着実に、都市と地方は混ざりあっている。

 

 

「共感から共創の仲間を広げる」

昨年12月の東証グロース市場への上場は、「手段が変わっただけで目的は変わっていない」と高橋さんは明言する。では、なぜ手段を変える必要があったのか。そこには、地方の衰退が加速していく中で、課題解決のスピードを上げなくてはならないという危機感があった。食べる通信で取り上げられるのは、年間12人の生産者に過ぎない。NPOや地方の一企業が社会に与えられるインパクトには限界がある。課題解決のスピードを加速し、インパクトを最大化するための手段として、上場は自然な選択だった。
上場の手法として選んだインパクトIPOは、社会性と経済性の両立を追求する。上場後は、四半期ごとに売上高といった基本情報に加え、顔の見える取引の流通総額や、生産者と消費者とのコミュニケーション数、都市の消費者が生産現場で過ごした延べ日数などを開示。社会に与えるポジティブな影響=インパクトの測定と、そのマネジメントを適切に実施していることを示すためだ。そうした開示情報などをきっかけに、共感から出資する株主を全国に広げていくことが理想だ。実際に、上場のニュースを見た岩手のイカ漁師は、「応援したいので株を買いたい」と電話をくれた。若手起業家から「勇気をもらった」という連絡も届いている。
「良いことは儲からないと散々言われてきましたが、私は良いことをやって儲けをきちんと出したいと思っています。雨風太陽が先陣を切ることで、次は自分たちの番だと動き出す人が増えれば嬉しいです」。

共感から仲間を広げていく手法には、上場前から実績がある。2023年9月には、日本航空と関係人口の創出に関する包括業務提携を締結。地方留学プログラムのツアー化や、空輸を生かした産直サービスなどで連携を目指している。地方から人がいなくなれば、人や物を運ぶニーズはなくなってしまう。関係人口の創出は日本航空にとっても喫緊の課題であり、中期経営計画の中に盛り込まれている。そこで、雨風太陽の強みである食や生産者との繋がりと、日本航空の強みである輸送を掛け合わせ、共創の力で課題解決を進めようというのだ。

人口減少の時代において、他者との“競争”で生き残るには限界が見えてきている。そこで同じ未来を見据え、互いに補完し合える異業種が“共創”しイノベーションを起こそうとする取り組みは、自然な流れと言えるだろう。上場によりどんな共創パートナーと出会うことになるのか、今後も雨風太陽の挑戦から目が離せない。
 

高橋博之さんプロフィール

1974年、岩手県花巻市生まれ。青山学院大学卒。 岩手県議会議員を2期務め、2011年9月に岩手県知事選に出馬し次点で落選、政界を引退。 2013年、NPO法人東北開墾を立ち上げ、食べ物つき情報誌「東北食べる通信」を創刊。 発行する情報誌「食べる通信」は、農家や漁師を特集した情報誌と食べ物をセットで届ける。 食べ物の魅力はもちろん、生産者の人柄やストーリーも伝える。 2016年に提供を開始したプラットフォーム「ポケットマルシェ」は、全国約7,900名(2023年9月時点)の生産者が登録し、直接やりとりしながら旬の食べ物を購入できる。約70万人の消費者が“生産者とつながる食”を楽しむ。

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